次回開催は平成29年5月7日(日)メインページはこちら。開催情報はこちらから

2012年01月01日

支援活動を応援します

かつぬま朝市は被災者支援を支援&応援する活動に徹底します。
---

かつぬま朝市でもお馴染みの *kiyoreさん

「被災地の支援活動に行ってます!!」

まだまだ手が足りないのでどうぞ手伝ってください。

IMG_800.jpg IMG_0001_800.jpg

*kiyore



--------
いままでの支援の応援はこちらから

---

福島で引きこもりがちな高齢者を支援するボランティア団体「こまち」さんを応援します。


「輪投げなどのレク、健康体操、茶話会、サロンを開催して勇気づけたい

『レク用品(お手玉など)や高齢者向けの健康体操の資料など』

お持ちの方、11月かつぬま朝市の「まち案内処&勝沼フットパスブース」までお届けください!




---

8月かつぬま朝市に出店した井上さんの手記です。


「阿ぶくま堂」より8月7日の出店の御礼    甲州市勝沼町  井 上  絢

福島県の中通り地区にある田村市。甲州市と同様、平成17年に合併したばかりの市ですが、震災による原発事故のために合併したばかりの市の一部が「警戒区域」、「緊急時避難準備地域」と、それ以外の地域に分断されてしまいました。

私は5月から月1〜2回くらいのペースで、福島第一原発から30kmエリアのすぐ外側にある避難所に炊き出しに通っていました。7月頃から被災者の方たちが仮設住宅に移られたので、支援活動も仮設住宅向けの訪問ボランティアに切り替わり、4ヶ所360戸ほどのお家を一軒一軒戸別に訪ね傾聴を行なっています。

来週は、少し趣向をこらして、仮設住宅のある広場にフリーの夜店イベントを出店しにいく予定なのです。
asa20110807012.JPG

これらはすべて私の属する寺の宗派のボランティアチームでの活動なのですが、僧侶も檀家も関係なく(被災者の方たちの前では「聖」とか「俗」とかそんな区別、空しく吹っ飛びます!)やる気が有るかどうかだけのつながりで、週1回、誰かどうか必ず車を田村市に走らせている集まりです。

でも、さすがに私も毎週参加というわけにはいきませんし、ボランティアに行けない週がつづくと、「田村のみなさん元気かなぁ」などと気が気でなくなります。そこで、何か甲州市にいてもできる支援を…と考え、田村市の商工会の方の紹介で地元の女性たちが作った手芸品を買い取り、朝市で販売させていただく…という方法を思い立ったのです。

前回8月7日の朝市は初出店でしたが、手芸品にまじって、竹炭細工も扱っていたこと気づいていただけたでしょうか。あの竹炭細工は、自作の炭焼窯で一生懸命、竹炭を焼いておられた、ある女性の作品です。
asa20110807104.JPG

でもその方は原発事故直後、自主避難されたらしく、現在連絡がとれず・・・商工会の方も、次にはいつ手に入るかわからないままに、震災前に焼かれていた大切な作品を託して下さいました。竹炭で作った風鈴、風が吹いて鳴るたびに福島の安寧を祈るような清らかな音を立てます。

私の朝市での屋号は「阿ぶくま堂」と名づけました。
asa20110807103.JPG

田村市のある阿武隈高原からのネーミングです。手作り品なのでコンスタントな大量仕入れができませんが、今度また手作りの品が託されましたら出店したいです。この場を借りまして、前回の朝市でたくさん買っていただいた皆さんに御礼を申し上げますとともに、また店を出しましたらどうぞよろしくお願いします。


こちらのtakeさんのブログでも紹介してくれています。


---
“まるこのパンツ大作戦”手記を連載します

2011年3月11日(金)、調布にある会社にいるときに地震がきました。
思わず積み重ねた段ボールを押さえるほどの大きな揺れ。
後ろではプリンターとモニターが派手な音を立てて落ちました。

「これはマズイ」と、ネットを見ても情報がなく、右往左往してるところでU-streamでNHKが放送を開始。
信じられない映像がつぎつぎに放映されます。
たしかに人の日常の営みがあった場所なのに、奇妙なほどに人の匂いがしなかったことが記憶に残っています。

義妹は気仙沼の出身。
実家との連絡はまったく取れていませんでした。
弟は新宿の会社から帰れず、義妹は甥っこを抱っこしながら連絡がとれない実家を案じ夜も眠れなかったそうです。
翌日は我々夫妻も弟の家で待機。夕方になってようやく細切れに連絡が取れ、実家も家族も無事だとわかりました。
しかし、親族の行方はまだほとんどわからずという状態。

テレビをつければ絶望的な映像ばかり。
大変な状態のなか、自分がなにをしたらいいのかわからない状態が続きます。

そんなか、J-WAVE(ラジオ)からの放送で、全国から集めた支援物資の仕分けボランティアの募集を知ります。
とにかくなにかやらなくちゃ、とすぐに応募します。
震災から2週間後。3月28日、支援物資を持参して仕分けボランティアに向かいます。
全国から続々と届く物資。
家じゅうから集めた物資、買い足された物資に暖かいメッセージが添えられたものが多くありました。
みんなも「なにかやらなくちゃ」と思っているという気持ちが伝わってきました。
毎日のようにトラックいっぱいの支援物資が東北へと出発しているとのこと。
このボランティアに参加したことで、「やろうと思えば、できる」と気持ちのスイッチが変わりました。

3月31日(木)、そんなときに全国明るい社会づくり運動(以下、明社)というNPOからメールが届きました。
「石巻で下着が足りません。現地の人が避難所を回って直接届けます。シャツ・パンツ・靴下のセットにして送ってください。」

自分のタンスをあさって、未使用下着をひっぱりだしても数が知れていました。
そこで、友人たちにメールを送りました。
「タンスの隅の使ってない下着を私に送って!」
mixiにも書き込みました。
そして、酒蔵マーケットを一緒に企画しているヨーコさんにメールを送ったとき、「今週の勝沼朝市で受取場所を設置できないだろうか」と思いつきました。
すぐにヨーコさんに勝沼朝市の高安さんの連絡先を教えてもらいます。

高安さんに説明メールをしたら、収集の快諾とともに
「出店者メーリングリストにも流すよ。内容をまとめて送って。」と嬉しい言葉。
すぐに文章を作って高安さんに送らせてもらいました。
高安さんはそれをまたすぐにメーリングリストで流してくれました。

そして当日。
開始前から続々と下着を持ってきてくださいます。
ほぼ切れ目なく下着とメッセージを受取、朝市終了のときには車いっぱいの下着が集まりました。
みなさんが高安さんメールを知り合いに転送してくださったり、ホームページに掲載してくださったりで、
出店者だけでなく、来場のみなさんもたくさん持ってきてくださいました。
この場で下着収集を知って、自宅まで取りに行ってくださった方もいらっしゃいました。
asa2011_0325CM_320.JPG

自宅にも続々と下着が届きます。
部屋は下着の山でいっぱいになりました。

「役に立ててうれしい」「こういう機会をつくってくれてありがとう」
と逆に御礼のお言葉や手紙をいただき、みなさんのあたたかい気持ちに涙が出そうでした。

後日、シャツ・パンツ・靴下のセットに分けると、なんと485セット。段ボールで14箱分!
勝沼朝市での収集の際に「発送代に使って」とお預かりしたお気持ちを発送代金に充てさせていただきました。

石巻では自らも被災されている明社の方が直接避難所へ届けてくれました。
長らくお風呂もシャワーも使えなかった避難所の方が本当に喜んでくださったそうです。

後日、再度下着募集の依頼が来て5月1日にもう一度勝沼朝市で収集させていただき
これも214セット、段ボール5箱分になり現地に送らせていただきました。
このセットは私も現地に行ったときに直接渡してまいりました。

2回目の収集の時には、泥だし用に使用する雑巾の収集を行い396枚が集まり、ピースボートへ発送させていただきました。


5月11日〜13日、初めて自分が現地へ向かいます。

高速道路で石巻市内に向かう車内。
被災状況を見た自分がどうなってしまうのか、すごく不安な気持ちになったことを覚えています。

日和山から街を見下ろしたとき、絶句。
街が土色でした。
1758786.jpg

あちこち陸にあがった大きな船、ガレキの間を縫うようにすすむ自衛隊の車、、、。
車で石巻沿岸部をぐるりと回りましたが、本当に壊滅状態でした。
被災から2か月たってなお、こんなにもひどいのかと、茫然自失状態。
2011051711060001_320.jpg

あまりにひどい状況を目にしたことで、逆にハラが据わりました。
大きなことはできないけれど、自分にできることを少しでもやろう、そしてそれを続けていこう、と決めました。


石巻から帰ってきた2週間後、ふたたび石巻に向かいます。
カウンセラーの友人、町田市の子どもセンターに勤める友人たちと、コドモとココロのケアを行うグループを作っての訪問です。
私はカウンセリングの免許もないし、子どもケアの知識もありません。
私にできることは、彼女たちをできるかぎりサポートすることと、教えてもらいながら一緒に活動を続けていくことでした。

明社関係で知り合った現地の斉藤さんという方に
第一回目の活動させていただく幼稚園を紹介していただきました。
着ぐるみを着て子どもたちといっしょに遊戯をし、その後工作、折り紙、お絵かき、お相撲、風船遊びなどを行いました。
中には被災された子どもさんもいらっしゃいます。
はじめはそっけなかったその子どもさんが、だんだん打ち解けて楽しそうに遊んでいる姿を見て、私たちの活動の必要なことを感じました。
また、このときに市役所の子育て支援課の方とつながりを持つことができ、後日連絡をいただいて今後の活動場所の支援をいただくことになりました。

その後、6月、7月とつづけて幼稚園・保育園に訪問させていただいています。
(7月の幼稚園訪問は私はオヤスミしました)
どこの幼稚園に行っても、園児が犠牲になった、親御さんが被災したなど、さまざまな状況を耳にします。
行ってただ子たちを遊ぶだけのプログラムが、本当に必要なのか、不安になったときに「応援してくれている人がいることが感じられる。行事が少ないなかお楽しみイベントがありがたい。」と、園長さんからのお言葉をいただき、あらためてこの活動の必要性が感じられました。

当初予定していた避難所でのカウンセリングは、持続性が困難なことからなかなかうまく実施できませんでした。
避難所から仮設住宅への移動も着実に進んでいます。
仮設住宅には集会所などの設置もあり、そこでの活動も今後の予定にしていきたいと思っています。


7月末、石巻で燈籠流しの慰霊祭が行われました。
今回の震災での犠牲になられた方の鎮魂の願いを込めて、一万基の燈籠が流されます。
その一万基の燈籠のうち、五千基を明社で用意することになりました。
しかし、櫂コンサートでの発表の時点でまだ1350基分の募金しか集まっていませんでした。
1基500円。
櫂コンサートの会費1000円のうち500円を被災地支援募金にする予定だったものを、会場でみなさんのご理解をいただき燈籠募金へ使わせていただきました。
また、会場での募金もいただき、40基分の募金をお預かりしました。

7月31日の燈籠流しに合わせて組み立てボランティアへ行き、
現地のボランティアさんといっしょに組み立てを行いました。
40基の大きな灯籠には、門脇中学校のこどもたちがメッセ―ジを書いてくれました。
小さな燈籠には、ご家族やお友達を亡くした現地のみなさんの言葉が書いてあり、その言葉は、あまりに、つらかったです。
1758786091 1.jpg

その小さな燈籠は、現地の方を含めたみなさんで手渡ししながら川へ運びます。
私は写真を撮っていてその列には加われなかったのですが、灯籠を渡しながら被災時の状況やご家族を亡くされた状況などをポツリポツリと話し、最後は泣きながら燈籠を渡す作業をしていたとのことです。
まだ明るい時間ではありましたが、慰霊祭から響いてくる歌声が響く神聖な雰囲気の中、灯籠を流し始めました。
暗くなるにつれて数が増え、大きな燈籠、小さな燈籠がゆらゆらと川面を彩っていきます。
1758786091.jpg

その燈籠を前に、手を合わせる方、涙する方、、、とても美しい光景であると同時に、とても切なかったです。


行くたびに街がきれいに、道にも明かりが増えています。
ガレキが撤去された空地に緑の草が生えていました。
日和山から見下ろした光景も、緑に覆われていました。
緑色が加わることが、こんなに風景を和らげるんだ、、、と切なく感じるとともに、希望にも感じました。

支援は復旧から復興に変化しています。


私にできることとして、今までどおりコドモとココロのケアを続けていきたいと思います。
そして訪問した経験をまわりに伝えていきたいと思います。

神戸の震災は、被災された方には本当に申し訳ないのですが、じつは私にとっていつのまにか遠いものになってしまっていました。
今になってそんな自分が悔やまれます。
復興はまだまだこれからです。


震災はいつ起こるか本当にわかりません。
石巻にお世話になっている斉藤さんから「自らの震災準備を再検討」することも支援のひとつ、とお話をお聞きしました。
はっとしました。どこか、自分は被災しないという考えがあったんじゃないかと思います。
「いつか自分の身に起こること」として考え、備えていきたいと思います。

つねに模索しながらですが
自分にできることが、東北の復興に向けた大きな流れのひとつになるよう、続けていきたいと思います。




[櫂コンサート報告会の報告を書いて]

長文をお読みいただきありがとうございました。
報告のだいたいの概要です。
ホントに自分の記録でしかなくてすみませーん(笑)。

報告してみてつくづく感じたのは、自分のスタンス。

どこか線を引いているというか、、、。
みなさんのこれからの支援についての明確な指針も出せなかったし、、、。
熱いパワーあふれる報告にならず申し訳なかったです。

私は、復興の主役は現地の皆さんと思っています。
私たちがいろいろなものを提供しても、どんなに熱く活動しても、現地のみなさんがその気にならなきゃダメなんです。
もちろん斉藤さんのように現地で精力的に活動して頑張っている人もたくさんいます。
でも、人に与えられることに慣れつつある状態も何度か見ました。

こんな災害がなければ、今も普通の状態でいつも通りの日常を送っていたのに。
こんな災害がなければ、人の気持ちがひどい状態になることもなかったのに。
こんな災害がなければ、、、言い出せばキリがありません。

私にはいまだになにが正解で何が不正解なのかわかりません。
じつは、そんな悩みを抱えながらの発表でした。
なのでどこか客観的な内容に終始したのかもしれません。

なーんて、自分のへたっぴな報告の言い訳です。

あ、「この災害があったから」というのもありました。
この災害があったから、私はたくさんの素晴らしい人に出会うことができました。
いままで知っていた人々とも、深く知り合うことができました。
石巻という新しい故郷ができました。
きっかけがきっかけなので良かったとは言いにくいですが、私はかけがえのない財産を得た気持ちでいます。えへ。


-----

ウエブマスターです。

「被災地に下着を届けたマルコの報告会」があります。
という、真面目なお知らせをまるちゃんの仲間のマネキン堂のyokoさんからふざけたメールでいただきました。
ので、そのまま載せます。
注)ジミーちゃん・haj=私のことです

---
ジミーちゃん@勝沼朝市

毎日暑いけど、多国籍文化まじりのhajにはたいしたこと ないのかしらね?

ところで、今月24日の酒蔵櫂、櫂コンサートは  勝沼朝市でもたくさんのみなさんのご協力をいただいたまるこのパンツ大作戦!のご報告をかねて「マルコがみてきた東北石巻の現実とこれから私たちがすべき支援のヒント」と題して、彼女の震災以後の活動の報告会を開催します。あのたくさんのパンツたちが、どのようにどんなふうに被災地の方たちに笑顔をもたらしたか、現場のたくさんの写真をふくめて、報告します。ご協力くださったかたにぜひ聞いて頂きたいと思い、ご案内いたします。

マルコの奮闘記

日時  7月24日(日曜日)
開場 18:00開演18:30
場所 酒蔵櫂 山梨市北567養老酒造内
0553-22-4047
参加費 1000円(飲物つき) うち500円をYBS
を通じて義援金とします

参加することが、支援になります。これから末永く必要とされる支援のためにぜひご参加ください。
てな感じです。

メーリングリストで、意気の高い勝沼朝市メンバーのみなさんにご案内いただきたいのよん。もちろんウエブマスターくんにも来て頂きたいわ〜。

どうかしら?
お金をいただく企画なので、もし微妙ならば遠慮なく言って。
いつもの地道な努力でかんばるから!

yoko

--

よろしければご参加くださいね。



-----


6/5 かつぬま朝市にて

Ganbaro_Nippon.jpg


asa2011_0605KF_400.JPG

アイ・アンド・アイさんの愛と愛 チャリティー義援金Tシャツプロジェクトに応援しました。
(Tシャツ購入と支援金)



--------



-----

5/17 石巻にいった丸山/松原久美子(まるこ)さんの報告です

おはようございます

ご報告が遅れました〜。無事帰ってきております。
いやー、凄かったです、、、。

以下ご報告です。

5月11日(水)〜13日(金)に宮城県石巻に行ってきました。
11日は移動日で、夜は仙台に泊まりました。仙台の街中はパッと見た感じだと思ったほど被害が感じられず、ちょっと安心したのですが、震災直後は電気も水もガスも使えずひどい状態だったそうです。街中の壁もはがれてたり階段にヒビが入っていたりもしてました。

12日(木)の早朝に仙台を出発すると、郊外に行くにつれてブルーシートの覆い、建物の倒壊が目立ってきました。三陸道に入り、石巻に近づくにつれ両脇にうず高く積まれたガレキの山が現れます。
初めに入った蛇田地区は石巻で唯一津波の被害がなかったエリアで、イーオンやコンビニも営業していました。今回お世話になった方はこの地区にお住まいで、ご自身も被災されご親族を亡くされながらここをベースに被災者支援をされています。ちなみに奥様のご実家は女川地区にあり、実家は津波に流されお父様を亡くされました。
2011051711060000_320.jpg

蛇田地区から市街地に入ると、海から3km以上離れたとこでさえそこかしこに泥だらけの家具や畳が並んでいます。
そして日和山という小高い山の上から海岸方面を見て愕然としました。本当に、なにもない、茶色の景色、、。気仙沼と同じように、津波によってすべてが倒壊したあと、火事がおき、なにもかもが失われてしまいました。生命感がまったくないのです。
2011051711060001_320.jpg

13日午前中にかけて、女川地区やテレビには映らない小さな漁港などもみてきましたが、本当に壊滅です。なにもありません。

自衛隊によって道は確保されていますが、地盤沈下によってその道すら浸水し通行が困難な個所があります。
2011051711070000_320.jpg

2か月におよぶ避難所生活で、人々も疲れ切っています。また、十分な物資と人材が与えられることでその状態に慣れるという良くない面も出てきました。
逆に、まだまだ救援の手が行き渡っていない被災者も多くいるのも確かです。

支援のカタチも、足りないとこには物資の支援をしつつ、さらに心のケアなどソフトの面へシフトしていく時期になっています。
まだまだやることはたくさんあります。

私が見たのは石巻のほんの一部。
帰りの仙台東部道路は、車で15分走っても両側ずーっと田んぼが泥に覆われた状態でした。

あれだけの広範囲にひろがる被害を目の当たりにして、ワタシにできることはなんて些細なことだろう、、、と打ちひしがれましたが少しでもやれば少しずつ進んでいくんだ、と思って頑張る気持ちにもなりました。

また、通常?の災害では、「見に行く」というのはとても不謹慎ですが今回に関しては「見る」ことはとても大切なことだと思いました。
テレビや写真と、現実はかなりギャップがあります。
泥の掻き出しやガレキの撤去などなかなか手伝えないと思うのですが
もし機会があればぜひ現地を訪れてほしいと思いました。
そして見たものをまわりの方に伝えてほしいです。
もし依頼があれば今回の私の経験をお話しできると思います。

みなさまからお預かりした下着は事前に現地に送らせていただいたので、各地へ配布が済んでいました。たいへん喜んでいただけたようです。
今回ワタシは市役所への下着のお届けをしてきました。市役所の職員さんたちへの支援です。じつは職員さんたちへの支援も後回しになってしまってるのです。職員さんたちも一様に疲れた表情でした。
ご協力くださった皆さん、また皆さんにご協力くださった周りの皆さまに感謝です。

支援はまだまだ始まったばかり。
無理せず、できる範囲でお手伝いしていきたいと思います。
ご協力のほどよろしくお願いいたしますm(__)m

マツバラクミコ・・


--
5/10

5/1かつぬま朝市での支援物資募集パート2! 報告

先日は下着収集のご協力ありがとうございました!
おかげさまで再び車がいっぱいになるほどの下着+雑巾が集まりました!
DSC_6502.jpg

昨日石巻に発送し、さきほど無事着いたとの連絡をいただきました。
「今回もこんなにたくさん!」ととても驚いていらっしゃいました。
本当にみなさんのパワーのおかげです。ありがとうございます!
DSC_6497.jpg


今回の収集内容は以下の通りです。

女性 計68セット
[内訳](L)35セット/(M)31セット/(S)2セット

女性ブラ 64コ

男性 計61セット
[内訳](LL)5セット/(L)23セット/(M)28セット/(S)5セット

子ども 計20セットぐらい
(サイズ分けが難しかったので種類別に仕分けしてお送りしました)

ということで、総計で213セットとなりました。
2011050813000000.jpg

ありがたいありがたい、、、。

そして雑巾はなんと420枚が集まりました!すごい!
ウエブマスターさんが入れるぐらいの大きな段ボール2個分です。
こちらは毎月のボランティアさんの泥だし活動に随時使わせていただきます。

ワタシも明後日から現地に行って、お送りしておいた下着を避難所で配布してきます。
また現地の報告をしますね!
asa2011_0501EB_320.JPG

本当にありがとうございました!

丸山/松原久美子(まるこ)

-----


---
5/1 yamanakinekoさん 飯舘村「までいの力」チャリティ販売 かつぬま朝市にて
基金より「までいの力」購入
asa2011_0501HN.JPG
朝日新聞 天声人語 5/5
方言には、標準語には収まりきらない深みと幅を持つ言葉が多い。東北地方の「までい」もそんな一つだ。「真手(まて)」という古語が語源といい、転じて手間ひま惜しまず、丁寧に、心をこめて、といった意味合いで使われるそうだ▼「までいに飯を食わねえどバチあだっと」「子どものしつけはまでいにやれよ」などとお年寄りは言う。原発禍に揺れる福島県飯舘村役場に頂戴(ちょうだい)した『までいの力』という一冊で知った。言葉どおり、手塩にかけて築いてきた村の日常がオールカラー本に息づいている▼スローライフの考え方が広がり出したころ、村長はじめ村人は思ったそうだ。「それって『までい』ってことじゃないか」。以来「までい」を合言葉に、地に足をつけて村をつくり上げてきた▼ところが本の刊行直前に震災が起きた。「ここには2011年3月11日午後2時46分以前の美しい飯舘村の姿があります」。中表紙に急きょ刷られた一文に怒りと悲しみがこもる。計画避難で全村民が村を離れなくてはならない▼「までい」の教祖のような、19世紀米国のソローを思い出す。物質文明を問うた名著「森の生活」の末尾に、「われわれの目をくらます光は、われわれにとっては暗闇である」という象徴的なくだりがある。原発がともす繁栄の光は、私たちにとって何なのだろうか▼地に足をつけてきた人々が地を追われる無念を思う。とことん考えることでせめて悲痛に寄り添いたい。原発の受益者は都会人なのを忘れることなく。

ご希望の方は私に申し出ください。


5/1 福永由美子さん 被災者支援ポストカード活動を応援しました かつぬま朝市にて 
asa2011_0501BG.JPG

5/1 まるこ(松原/丸山 久美子)さん 支援物資募集パート2!(下着&雑巾)を応援しました かつぬま朝市にて
asa2011_0501HF.JPG

5/1 ハモニカワサキさん 被災者支援募金活動を実施しました。 かつぬま朝市にて
asa2011_0501CW.JPG


---
4/26 Yamanekinekoさんより

「までいの力」のご紹介♪

5月1日の朝市では、
飯舘村で発行された本『までいの力』を販売したいと思います。

避難している方の息子さんが飯舘の役場に勤務していて、その方から直接、本を送ってもらいます。

ちなみに、本の収益は飯舘村の復興資金の一部になりますが、一冊2500円と安価とは言えない金額なので、いささかの不安は残りますががんばります。

その、本を先日読んだので紹介します(^^)/~

『までいの力』

までい。
「真手」という古語が語源で、左右揃った手、両手の意味。
それが転じて、手間ひま惜しまず丁寧な心をこめて つつましく という意味で
現在では東北地方で使われている方言です。

今風に言えば、エコ・もったいない・節約、思いやりの心・人へのやさしさ、を意味します。

そんな飯舘流スローライフを”までいライフ”と呼んでいるそうです。

飯舘村の人々が昔から実践してきた「までいな暮らし」。
それは、現在のスローライフ・エコライフそのものでした。

そんな飯舘村の美しい風景や村人の暮らしを綴った一冊です。


飯舘村の人々の「までいな暮らし」が一日でも早く戻る事を祈ります。



勝沼フットパスの会&勝沼まち案内処にてご覧&ご購入いただけます。




---

4/22
●支援物資募集パート2!(下着&雑巾)
丸山/松原久美子(まるこ)さんより

先日は下着支援物資のご協力まことにありがとうございました!!
http://meisha.cocolog-nifty.com/honbu/2011/04/post-293b.html
http://meisha.cocolog-nifty.com/honbu/2011/04/post-7f8e.html

おかげさまでたくさんの下着が集まり、被災地へ送ることができました。
受け取った方からお礼のお電話をいただいたり、皆さんの善意を現地に届けることができたことが大変嬉しいです。

現地から下着は充足したとの連絡があり、支援は次のステップへと移行していくときだな、と思っていたら「やっぱりまだ足りないよ〜!」と連絡が!

病院や養護施設の看護士やドクター、消防団のみなさんは24時間体制で勤務し家にも帰れず、そもそもその帰るべき家がないという状況。
着の身着のまま洗濯もままならないという状態はほかの被災者と変わりません。今回は彼ら+周囲の被災者への支援となります。

そこで今回もかつぬま朝市さんのスペースをお借りして収集させていただくことになりました。前回持ってきそびれたタンスの隅っこの新品下着んぜひお持ちください!
新品であれば安価な品で結構です。数量も問いません。まとめてセットにして現地に届けます。

収集内容は以下の通りです。

■男性用
・肌着シャツ
・パンツ
・靴下

■女性用
・肌着シャツ
・ブラジャー
・ショーツ
・靴下

■子供用
・肌着シャツ
・パンツ
・靴下

■雑巾
今回は“雑巾”も集められたらと考えてます。泥の撤去後の掃除に使用します。使い古しのタオルをミシンでダダッと縫ったテキトー雑巾も、泥汚れをぬぐうのに有効です。こちらも合わせてご協力いただけると幸いです。

※収集内容は上記のみとなります。
 洋服・毛布は現地に十分あるとのことですので収集いたしません。ごめんなさい〜。

日時:5月1日(日)午前9時〜12時まで
場所:勝沼朝市会場 駄菓子屋マネキン堂のマネキンの隣
   (勝沼ぶどう橋北シャトレーゼ勝沼ワイナリー東(甲州市勝沼町勝沼3019))

5月半ばに私も石巻に行くことになりました。今回収集したものは、現地で直接お渡しさせていただきます。
1枚からぜひご協力を!ご支援よろしくお願いします。

丸山/松原久美子(まるこ)

****

●パモニルパフのたえこさん&和火さん&虹屋の虹子さん

お忙しい中、『昌福寺花まつり チャリティーイベント』への様々なご支援、ご協力大変ありがとうございました。
皆様のご協力のもと、イベントを無事に終了する事ができました。
また、急な企画であったため至らない点も多く、ご不便・ご迷惑をお掛けした事をお詫び申し上げます。

大勢の皆さんにご理解・ご賛同を頂き今回のようなイベントが開催できた事を大変嬉しく思いますし、たくさんの人達に支えられていることの喜びを実感することの出来た大切な時間でもありました。

今回のイベントにて集まった義援金は、総額357,010円 でした。
このお金は、昨日『NPO法人 河口湖自然学校』『八ヶ岳ピースワーカーズ』へ送金しました。

今回のイベントの詳細は、和火HP(http://www.kazka.info)よりご報告いたします。

パモニルパフのたえこ&虹屋の虹子

****

●福永由美子さん

被災者支援ポストカード報告
http://cards4aid.blogspot.com/

初回印刷分ほぼ完売
第2版印刷しました。

初回印刷1,500枚→募金見込み225,000円
第2版4,500枚→募金見込み675,000円

・募金結果
支援物資購入5,900円(2001/4/3かつぬま朝市まるこさんへ)
ジャパン プラットフォームへ100,000円(2011/4/6)

・運営費
初回印刷費39,486円
第2版印刷費45,654円
送料820円(2011/4までの累計)
包材など雑費4,000円(2011/4までの累計)
---
※最新情報
募金累計額→141,204円
ご賛同店→13店舗
(~2011/4/20現在)

****

●あめかんさん
体操着のお願い→かつぬま朝市出店者の青木さんから申し出をいただきました。

****

●ハモニ川崎さんからの報告
4/3朝市会場での義援金24,918円は山日YBS厚生文化事業団に届けました。

****

●支援の支援基金
神金フェスタ実行委員さんはじめ皆さんからご寄付をいただいています。
支援をされている皆さんを応援していきます。

---




4/12
福永さん被災者支援ポストカード報告

初回印刷分ほぼ完売
第2版印刷予定

現在4/12までの募金
・支援物資購入5,900円(2001/4/3かつぬま朝市まるこさんへ)
・ジャパン プラットフォームへ100,000円(2011/4/6)

※かつぬま朝市も福永さんの支援活動に応援します。


4/8
昌福寺 花祭り チャリティーライブ に応援しました。



---
4/7
●あめかんさん(出店名green's kitchenさん)

以下につきまして出店者の青木さんからご協力いただけることになりました。ありがとうございました。 4/7

勝沼朝市関係者の皆様へお願い

被災地から避難していて、春日居小に転入する子供さんが居ます。
それに際しまして、春日居小学校の体育着で使わなくなった物を探しています。

小学校3年生と4年生の男子用、6年生の女子用です。
サイズ的には体育着なので、大体で大丈夫と思います。

男子用140センチ位、女子用150センチ位で良いと思います。

避難者事務局の方の負担を少なくする為、極力私からの連絡等も差し控えたいので、体育着ということもあり、私の判断でサイズ等決めています。

地元の方にも当っているとの事なので、そちらで見つかるかもしれませんが、もし、お手元にお持ちの方がありましたら、ご連絡いただけると有り難いです。

ご連絡いただいた時点で、必要があれば譲っていただくという形でお願い出来たらと思います。

尚、ご協力いただける方がありましたら、お手数ですが、

FAX 0553−44−3835 雨宮観光ぶどう園宛にて
ご連絡先を書いたものを送っていただけると助かります。

その後こちらより連絡を入れさせていただきます。

それでは皆様のご協力を何卒よろしくお願い致します。


            雨宮観光ぶどう園  雨宮(あめかん)

***
4/7
●まるこ(松原/丸山 久美子)さんからの報告


この度は下着支援物資をお寄せいただき誠にありがとうございました〜!!

無事に仕分け作業を終え、昨日(4/6)被災地へと発送いたしました。
2011040614290000.jpg

女子にはシャツ+ショーツ+靴下、ブラ単品、男子にはシャツ+パンツ+靴下、その他に細々したものなど、発送セットはなんと485セット、段ボールにして14箱を送ることができました!まさにみんなのパワーの結集です。
重ね重ねありがとうございます!!
2011040615540000.jpg

被災地では現地の担当さんが石巻市、陸前高田市、南三陸町、気仙沼をまわり直接配布してくださいます。
被災者数から考えたら確かに全然足りないけれど、みんなが少しずつでも活動することで、物資も気持ちも全体に行き渡ると思います。

支援はまだ始まったばかり。またなにかお願いするかもしれませんが、そのときはまたよろしくお願いいたします。

取り急ぎ無事発送のご報告まで
今後ともよろしくお願い申し上げます。

松原/丸山 久美子(まるこ)

***

●川崎さんからの報告
4/7 4/3朝市会場での義援金24,918円は山日YBS厚生文化事業団に届けました。


***
4/3 被災者支援を支援する基金を設立しました。144,370円

4/3 まるこ(松原/丸山 久美子)さんの活動に支援しました(※続きを読む を参照)

***

4月3日朝市での震災支援活動

@まるこ(松原/丸山 久美子)さん
窓口:駄菓子屋マネキン堂ブース スタイル抜群ベリンダの前

【収集内容】※すべて新品のもの
・男性用下着シャツ
・男性用パンツ
・男性用靴下
・女性用ブラジャー
・女性用パンツ
・女性用下着全般(タンクトップ、下着キャミソール)
・女性用靴下

私が少しお手伝いしてるNPOから連絡がありました。被災地の石巻市の団体から連絡があり、緊急の課題として「下着不足」が深刻化しているとのこと。

命に直接かかわりない下着とはいえ、着の身着のままでの津波被災から明日で3週間。水も電気も無い中で洗濯も出来ない状況が続いてるとこ状態を考えると身がつまされる思いです。
大人用も子供用も、パンツもシャツも靴下も足りていません。なので下着を支援物資としてお送りできたらと思っています。

そこで!もし可能であれば、もしタンスの隅っこに新品で使ってない下着が眠っていたら、勝沼朝市に持ってきていただけないでしょうか?まとめて現地にお送りしようと思います。新品であれば安価な品で結構です。ぜひぜひご支援をお願いします。数量も問いません。

できれば同サイズの一人分(パンツ・シャツ・靴下各1個)を1セットで送れればいいのですが、それぞれ集めてると時間がかかってしまうし負担にもなってしまうと思うので、お手元のものを単品でそのまま持ってきていただければ私がセットにします。1枚からぜひご協力を!

なにとぞよろしくお願い申し上げます m(_ _)m

まるこ(松原/丸山 久美子)

-----
A古屋農園さん
窓口:古屋農園ブース

会場で災害支援フリマを実施します。

----
B秋山さん
窓口:秋山・川崎ブース
浜岡原発の手紙を書こうプロジェクトやります

---
C川崎さん
窓口:秋山・川崎ブース
義捐金募金活動やります

----
D福永さん
窓口:福永シェアリング朝神農園ブース

被災者支援ポストカード販売します
http://cards4aid.blogspot.com/

東北地方太平洋沖地震に被災された方を支援するポストカードを作りました。

1枚150円(本体価格)の売り上げは全て日本赤十字社(?2011/9/30)などを通じて、全額寄附します。

---
E甲州市
窓口:甲州市ブース
情報提供など(検討中)


他、多くの皆さんもチャリティ出店を考えていらっしゃるようです。
かつぬま朝市も災害支援基金をつくり必要に応じて行動していきます。


***
posted by かつぬま朝市ウェブマスター at 00:00| Comment(3) | 被災者支援の支援&応援 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
勝沼で「疎開」の仕組みを・・・
なんて到底無理でしょうか。

自分に出来ることが何かが見つかりません。

でも部屋とご飯とお風呂と布団だけはなんとか出来ると思うのですが・・・
Posted by あめかん at 2011年03月14日 11:51
少しずつでもみんなが集まれば、
少しずつでも毎日続ければ、
毎日そんな気持ちになっています。

私に出来ることがあればおっしゃって下さい
本当にありがとうございました
Posted by 虹子@虹屋を at 2011年03月31日 22:21
支援ポストカードを紹介していただいて、ありがとうございます。
そして、朝市からの応援にも感謝です。
おかげサマで第2版がドッカリ刷り上がりました。
少しずつ、続けて行きます。
Posted by フクナガ at 2011年04月18日 12:52
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: